犬の肥満細胞腫は、悪性腫瘍であることが多く、やっかいな病気です。従来の手術・抗がん剤治療に加えて、新薬・イマチニブによる分子標的治療も注目されています。また、少しでも健常な余命をおくるためにも、適切な食事療法を行うことも、大切なポイントです。
<目次>
犬の肥満細胞腫 症状・原因
犬の肥満細胞腫は、胴体・股間・頭・足・口まわりの皮膚、内臓などにできる腫瘍です(犬では、皮膚に多くみられます)。「肥満細胞」という細胞ががん化した、犬にはとても多い病気です。肥満細胞は、多くの生理活性物質をふくんでいます。中でも、血圧調整や血管透過性にかかわる「ヒスタミン」という物質が、異常に放出され、次のような肥満細胞腫の症状としてあらわれます。
- 皮膚に腫瘍がみられる。赤み・かゆみ・痛み・むくみを生じることもある。
- 胃酸過多による胃潰瘍のため、下痢・嘔吐を引き起こすことがある。
- 血圧低下や不整脈をおこすことがある。
犬の肥満細胞腫は、良性傾向の犬種がいるものの、基本的に悪性腫瘍であることが多いです。犬の皮膚にできる悪性腫瘍の中で、最も多い病気と考えられています。
肥満細胞腫の原因
犬の肥満細胞腫では、原因がはっきりしていません。遺伝的な原因も考えられますが、食事・組織ダメージ・紫外線・ストレスなどが遠因として挙げられます。(この点は、肥満細胞腫に限らず、犬のがん・腫瘍性疾患で考えられる発症原因です。)
肥満細胞腫の治療方法
犬の肥満細胞腫は、グレード1~3に進行度が分かれています。グレード1であれば、完治する可能性も十分にあります。グレード2では、4年生存率が約40%という報告があります。グレード3に進むにつれ、より末期症状に近づくため、余命宣告さることも多く、治療が難しくなります。そのため、腫瘍を放置せず、早期治療が望まれます。
肥満細胞腫の治療方法として、手術による切除、抗がん剤治療などがあります。
グレード1~2で転移がみられなければ、手術は有効な治療法です。特に、腫瘍を全て取り除けるケースでは、腫瘍周辺の部分も含めて手術切除することが望まれます。腫瘍の周りを含めて切除できない場合は、その部位だけに放射線治療を施すこともあります。
「よりグレードが高い」「転移が認められる」「手術が難しい」肥満細胞腫では、抗がん剤が選択肢です。抗がん剤では、ビンブラスチン・プレドニゾロンに加え、分子標的薬であるイマチニブが使用されるこも増えています。イマチニブは、遺伝子異常をおこした分子をターゲットとし、次世代の抗がん剤として注目されています。
食事療法5つのポイント
肥満細胞腫の犬は、「腫瘍に栄養を奪われる」「犬自身は栄養不足になる」というトラブルを抱えています。その対策として、動物栄養学にもとづく「食事療法5つのポイント」をご紹介します。
1)低糖質・低炭水化物
腫瘍は、犬の正常細胞よりも成長が早く、栄養を奪って進行します。特に、「糖質」を奪われてしまい、肥満細胞腫を悪化させる一因ともなります。だから、食事・ドッグフードの中で、消化しやすい「糖質」「炭水化物」を控える必要があります。
2)質のよい高脂肪
糖質を控えると、腫瘍の枯渇につながる一方で、犬自身もエネルギー不足となります。そのため、糖質に代わり「脂肪」をエネルギー源として与えます。脂肪は、肉食性の強い犬のエネルギー源となる成分であり、腫瘍は利用することができません。
ただし、脂肪の「質」を考える必要があります。脂肪の種類と「酸化していない」ものを活用しなければなりません。脂肪は、酸素にふれたり加熱により酸化が進みます。酸化した脂肪は、犬にとって健康被害をもたらすため、肥満細胞腫の犬には避けなければなりません。
3)高オメガ3脂肪酸
脂肪の種類について、「オメガ3脂肪酸」が重要な成分です。魚や一部の植物に含まれているオメガ3脂肪酸は、腫瘍に対する臨床報告が多数なされています。肥満細胞腫の犬には、たっぷり与えたい成分です。
4)高タンパク質・アルギニン
肥満細胞腫の犬は、慢性的にタンパク質不足の状態にあります。だから、消化しやすくアミノ酸バランスのとれた良質なタンパク質をたっぷり与えることが大切です。
また、アミノ酸の中でも「アルギニン」という成分が必須です。オメガ3脂肪酸との相乗効果についても知られ、肥満細胞腫の犬では、食事の中で2%以上のアルギニンを与えることが望まれます。
5)免疫力キープ
肥満細胞腫の犬は、免疫力が低下してしまう傾向にあります。そして、免疫力低下は、腫瘍の勢いを増すことにつながります。そのため、免疫力を維持する食事・ドッグフードが望まれます。
免疫力キープのポイントとして、下記2点が挙げられます。
- 腸の健康、善玉菌アップ → 腸の健康は、免疫力キープにつながる要素です。カギとなるのが「食物繊維」。犬に合った食物繊維をバランスよく適量与えることで、善玉菌がアップします。
- 免疫力キープのスイッチを押す成分の補給 → 犬をはじめ、哺乳動物には免疫力キープのスイッチがあり、そのスイッチを押す成分の存在が知られています。例えば、キノコ由来βグルカン・菌由来のLPSなどが挙げられます。これらを適量与えることも重要です。
食事療法 実践チェックリスト
ご紹介した「犬の肥満細胞腫・食事療法5つのポイント」ですが、専門的な内容であるため、実践には壁があることと思います。そこで、「市販ドッグフード・療法食」「手作り食」それぞれでの実践方法として、チェックリストをまとめました。
市販ドッグフード・療法食
- 低糖質・低炭水化物 → 糖質制限を行っているドッグフードを活用。
- 質のよい高脂肪 → 粗脂肪12%以上(理想は25%ほど)のドッグフードが目安。脂肪の酸化に注意。また、添加物・酸化防止剤によるゴマカシがないか要チェック。
- 高オメガ3脂肪酸 → オメガ3脂肪酸5%以上が望ましい。酸化レベルに要注意。
- 高タンパク質・アルギニン → 粗タンパク質25~30%以上のドッグフードを選択。消化のしやすさ・アミノ酸バランスなど質もチェック。アルギニンは2%以上。
- 免疫力キープ → 善玉菌アップの内容、免疫力キープ成分の含有をチェック。
肥満細胞腫ケアの療法食
- ヒルズ n/d缶 → 動物病院に流通しているがん・腫瘍性疾患対応の療法食。缶詰タイプ。
- 犬心 元気キープ → ナチュラル原料・自然を活かす製法にもこだわった、がん・腫瘍性疾患対応の療法食。ドライフードとオメガ3オイルのセット商品。
※私たち自身で研究開発した、肥満細胞腫ケアの療法食が「犬心 元気キープ」です。
手作り食
- 肉・魚がメイン(全食事の50~90%ほど)。
- 玄米・大麦・イモ類を適量与える(全食事の10~30%ほど)。穀物は炊飯(できれば炊飯したものと生粉を半分ずつ)、イモ類はふかす。
- 緑黄色野菜は、しっかり茹でて茹で汁を捨てて少量のみ与える。与えなくても良い。
- キノコ類を茹でて与える。
- 大豆食品は、少量のみ与える。多量に与えると犬に負担となるので注意。
- 亜麻仁油など、オメガ3脂肪酸含有のオイルをトッピング。全体の脂肪量が25%ほどになれば理想的。
- 甘いものは与えない。白パンなど、消化しやすい炭水化物源もNG。
犬の肥満細胞腫 まとめ
- 犬の肥満細胞腫は、悪性腫瘍であることが多く、原因もはっきりしない。
- 犬の肥満細胞腫の治療方法として、グレードや症状にあわせて、手術・抗がん剤などが検討される。
- 犬の肥満細胞腫の食事療法として、「低糖質・低炭水化物」「質のよい高脂肪」「高オメガ3脂肪酸」「高タンパク質・アルギニン」「免疫力キープ」の5ポイントが挙げられる。
- 肥満細胞腫・食事療法の実践にあたり、「市販ドッグフード・療法食」「手作り食」それぞれでチェックリストを活用する。